私は「ブス」が嫌い。

ここで言う「ブス」は、顔や容姿のことじゃない。
ぶすーっとしている人のこと。

「太っているから」
「おばさんだから」
「年だから」
「私なんて…」

そうやって最初から自分を卑下して
何も変えようとせず
ぐちぐち文句を言って、不満ばかりを嘆いている。

それは顔じゃなくて
在り方がブスなんだと思う。

太っていようが、
年を重ねていようが、
正直、そんなことはどうでもいい。

だって、やれることは山ほどある。

肌を整える。
髪の毛を整える。
お化粧をする。
それなりに見える服を選ぶ。
所作や言葉遣いを気にする。

特別なことじゃない。
高いお金をかける必要もない。

ただ、自分を雑に扱わないっていうだけの話。
それなのに、何もしない。

「いいよね、あの人は」
「元がいいからでしょ」
「どうせ私なんて」

そう言いながら
人を妬んで、比べて、
自分は何も動かない。

その心が、とってもおブス。
自分で自分のことを雑に扱いすぎている。

年齢とか、体型とか、
それを理由に諦める前に
まずはちゃんと
自分を扱ってあげたらいいのに
って思う。

ちなみに「ブス」という言葉の語源。

「ブス」は漢字で「附子(ぶす)」と書き
トリカブトという植物の塊根のこと。

使い方を間違えると神経が麻痺して
感情や思考が鈍くなり、無表情になったり
最悪の場合、命に関わることもある。

だから昔は
無表情の状態を「ブス」と呼んだそう。

……なんか、納得しない?

自分を諦めて、
思考せず、
感情を止めて、
「どうせ」を口癖にしている状態。

それって思考も心も麻痺して
ぶすーっとしているのと同じ。

顔の話じゃない。
体型の話でもない。
美人かどうかの話でもない。

自分をどう扱っているかの話。

昔からよく言われてきた。

「みゆきは細いから」
「動けるから」
「綺麗だから」

そのたびに心の中で思っていたことがある。

だって、努力してるもん」

食事も、運動も、所作も。
ファッションも、メイクも、髪型も。

雑誌を見たり、自分で試してみたり。
子どもの頃から、そういうことへの関心は高かったと思う。

6歳から器械体操をしていて
どうしたら綺麗に見えるか、指先まで意識していた。

レオタードを着て
見られる前提のスポーツで
「美」と常に隣り合わせだった。

だから自然と
どう見えるか、どう在るか
を考える癖がついたのかもしれない。

私は、努力してきたという自信がある。
何一つしないで、綺麗でいられるわけがない。

だから正直
何もしないで、ぐちぐち文句を言っている人を見ると
「できること、やってから言えよ」
って思ってしまう。

もちろん、
妬むというか、悔しいという気持ちになったことも何度もある。
「なんで、あの人が…」って思ったこともある。

でもそれは
その時の私の努力や行動が
その人に及んでいなかっただけ。

その時の私の顔ったら
もう本当におブスで(笑)
鏡を見て、自分でびっくりした(笑)

人と比べてばかりで、
自分に矢印が向いていなかった。

だから、やめた。

比べるのをやめて
私にできることに集中した。

勉強して、
行動して、
失敗して。

ただ、それを無心で繰り返した。

気づいたら
その人のことなんて、もう頭になかった。

代わりに出てきたのは
「すごいな」
「教えてください」
っていう、まっすぐな気持ち。

悔しさは私を前に進めるための感情だったんだと思う。

自分を丁寧に扱っている人は
体型や年齢に関係なく、ちゃんと綺麗。

逆に、自分を雑に扱っている人は
どんなに若くても、
どんなに整っていても、
どこか濁って見える。

だから私は「調える」ということを伝えている。
調えるって
痩せることでも、若返ることでもない。

自分に矢印を向けて、
感覚を取り戻して、
今の自分を丁寧に扱うこと。

それができる人は
自然と顔つきも、姿勢も、言葉も変わる。

無表情だった心に
ちゃんと血が通いはじめる。

私はそういう人を増やしたい。

ブスは嫌い。
でも
「このままじゃ嫌だ」
「変わりたい」
そう思って自分に向き合う人は、嫌いじゃない。

むしろ応援したい。
だから私は、整えることを伝えている。

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前田 みゆき

呼吸・姿勢・体の使い方・食べ方から“根性に頼らない体づくり”を発信。不眠・難聴などの不調から整える生き方に変えました。

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